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鼬川(いたち)べりの仏たち
はじめに
第10番 辰巳町一丁目 福徳地蔵尊
第11番 室町通り二丁目 子安地蔵尊
第12番 堤町通り二丁目 延命地蔵尊
第13番 豊川町 延命地蔵尊
第14番 小島町 延命地蔵尊
第15番 今木町 延命地蔵尊
第16番 向川原町 慈母観音
第17番 向川原町 福壽不動尊
第18番 泉町一丁目 延命地蔵尊
第19番 泉町二丁目 延命地蔵尊


石仏ブームといわれてからもう三〇年になる。さて、髄川流域に点在する地蔵尊の関心がひろく一般化し、郷土史や観光などとも重なり、様々な形で取り上げられている。また新聞や雑誌に、テレビやラジオに、盛んな地蔵尊探訪に、まさに地蔵尊愛好ブーム到来の時代の感がある。しかし、こうした地蔵尊ブームのなかにあって、馳川流域の地蔵尊の歴史や性格は、必ずしも正しく理解され認識されているとは限らない。
路傍にひっそりとたたずむ地蔵尊の風情や素朴な美しさは実にいいものだ。
だが、そうした情緒性のなかに、地蔵尊建立の歴史や性質の実態を埋没させる危険を、地蔵尊ブーム自体がひそませてもいる。地蔵尊に魅力を感ずるといっても十人十
色。実に様々な見方やとらえ方がある。地蔵尊の表情がいいという人もあれば、風雪に苔むし、川辺に停む風情がなんともいえないと言う人もいる。またそこに歴史の重みを感ずる人もいるし、野に立ち生きる意味を考える人もいる。或いはそれらの地蔵尊を造った人々のこと,を想い、誰が刻んだのか、誰が造らせたのか、そして何故に彼らは、かくも多くの地蔵尊を造ったのか、何が彼等をそうさせたのかと思考する。こうした思考が始まると、それを知りたくなるのが人情である。そして勉強がはじまる。石仏の中の地蔵尊を調べ、文献や参考書を読み出す。いわば地蔵尊に対する本当の接近である。平安中期から死後地獄に堕ちることを恐れ、永遠の楽園といわれる極楽へ行きたい願望の浄土教が流行った。立山山岳信仰もその一つである。人間とは不思議な動物である。地蔵尊を単なる石とみなす人もいれば、文化財と見る人もいる。また信仰の対象として、仏そのものと信じる人もいる。その立場の違いを自我に執着して自己主張すれば争いは避けられないが、それらの執着にこだわらない中立の立場で髄川河畔の地蔵尊に関する研究結果を述べたい。

写真は「鼬川べりの仏たち」の表示と「鼬川」

「鼬川べりの仏たち」より
文: 高桑潤一郎 切絵:梶川之男 
製作協力:株式会社まちづくりとやま

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